今までに訪ね歩いた場所についての備忘録。
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大阪のキタとミナミ、二つの繁華街を一直線につなぐ御堂筋は1937年に建設された巨大インフラ(産業・生活基盤となる施設)だ。

もともと幅6m程度しかなかったこの道を、地下鉄・電線の埋設をともなった大通りとして整備したのは第七代 関一(せきはじめ)大阪市長の力によるところが大きい。

イチョウ並木はこの大通りが建設された時に植栽されているが、樹種をイチョウと決めるまでに様々な紆余曲折があったようだ。
帝国時代であった当時、「パリのシャンゼリゼのように世界に冠たる大通りを建設する」という理念のもとに、アジア特産のイチョウが選定されたと聞く。

建設当時「飛行場でも作るつもりか」と批判された約44mの道幅といい、現在見ても気持ちの良い大空間を持つ地下鉄の駅や、電線の無い地上空間といい、建設当初から50年、100年先や世界を見据えたスケールの大きい視野を感じる。

現在の御堂筋は大きく育った四列のイチョウ並木がヨーロッパの雰囲気を感じさせるというので、世界的なスパーブランドのブティックの出店が相次いでおり、各店舗の規模、出店数はブランド街として東京をしのぐ日本一の規模を誇る。

御堂筋拡張による周辺問屋街の発展、空襲にも焼け残った御堂筋での戦後復興など、現在にいたるまで御堂筋の存在は大阪の経済に大きな影響をもたらしている。

約70年前、爆発的に成長する「大大阪(だいおおさか)」をイメージして作られた御堂筋。

現在から100年の後、爆発的に増え続ける世界人口とは逆に人口が半減し、その70%が都心部に住むとも言われる今後の日本。

未来と世界を見据えた計画は、現在にも必要不可欠な考え方と言えるのではないだろうか。


| 日本 | |
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1694年から建設が始められた不思議な庭、レブンスホール(レヴァンスホール)ガーデンはイギリスの北部、湖水地方の小さな町ケンダルの郊外にある。

トピアリー(装飾的刈り込み)の庭で名高い庭園だが、6m近くもあるトピアリーが並ぶ庭はチェスをテーマにしたとも言われており、ユーモラスな雰囲気を漂わせる。

以前、ランドスケープデザイナーの発言で

「人間が自然を制御しようとする意志と、木々が自由に伸びようとする意志との間で起こる<形の揺らぎ>が人と自然の関係を表していて興味深い」

という一文を読んだことがあるが、この庭園の魅力はまさにそこにある。
不思議に歪んだ形が、永い時間をかけて行われた人と自然のコラボレーション(共同作業)を想像させて面白い。
そして、その自然に歪んだ形こそがユーモラスさを醸し出しているのだろう。


園内には生垣に沿った細い砂利通路や、生垣に囲まれた芝生の小部屋等もしつらえてある。音がザクザクと鳴る砂利の通路から、感触の柔らかな芝生の小部屋へ足を踏み入れると急に足音が消え、静謐な空間への変化が感じられる。
そのようなきめ細やかな空間構成のしつらえも魅力の一つだ。

この庭を訪ねた当時(1993年)は4人の専属庭師がこの庭の手入れを行っていると聞いたが、現在は5人の庭師が300年の伝統を受け継いでいるらしい。
ルイス・キャロルの小説に出てきそうな不思議な空間は、現在も保たれてているだろうか。


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古くから都の置かれた奈良には、シルクロードを通じてもたらされた数々の至宝があるが、南都楽所(なんとがくそ)に伝えられる雅楽もその一つだ。


年の瀬も迫った十二月、奈良の春日大社では春日若宮おん祭(かすがわかみやおんまつり)という盛大な祭りがとり行われる。

3日間に渡って行われる祭りには、時代装束を着た行列や流鏑馬(やぶさめ)、競馬など様々な演目が行われるが、その中でも祭りの華となるのが「お旅所祭り」だ。
緑の杉枝で葺かれた御旅所の前に芝の舞台が設えられ、神楽(かぐら)に始まる芸能が半日に渡って奉納される。

舞楽奉納には千年の伝統をもつ南都楽所の人たちが演奏を行うが、その楽隊は総勢30名近い楽人で構成される大所帯である。

それだけの大人数で演奏するにも関わらず、楽隊には指揮者がいない。大太鼓(だたいこ・写真上右)がゆるやかなリズムを刻むだけだ。


楽隊はいくつかの楽器で構成され、役割ごとにひとかたまりとなって座っている。演奏者の手元には火鉢が置かれ、暖をとると共に楽器を暖めながら演奏が行われる。

同じ楽器を受け持つ人が数人いるため、ある人は演奏の最中に突然チューニング(楽器の調整)を始めたり、中にはおしゃべりを始め出す演奏者もいて、西洋のオーケストラを見慣れた目には、その「あいまいな役割分担」がとても不思議に感じる。

この「あいまいさ」こそ、雅楽が大陸では消滅し、日本のみで伝承されてきた歴史の理由なのかもしれない。


雅楽の奉納が終わった後、深夜0時近く、御神体が神社に帰る「還幸の儀(かんこうのぎ)」が行われる。
2本のたいまつ以外すべての光を消して行われる儀式であるため、カメラや懐中電灯、携帯電話の使用禁止が申し渡される。

暗闇の中たいまつを引きずって歩く先導人の後、榊を持った神主が幾重にも御神体を取り囲み、「ヲー、ヲー」と絶え間無く声を上げながら進んでいく。
楽隊もそれに続き、暗闇の中に響く肉声と器楽音が不思議なコントラストを見せる。

現在では混乱が起きないよう、参拝者の歩く順番も管理され、昔日のような原始的雰囲気が味わえないが、かつて春日の原生林の暗闇で行われたこの儀式はとても神秘的なものだったと想像される。

祭りは人の手で行うものである以上、時代とともにその関係性を変えていくものなのだろう。
860年以上途切れることなく続けられているこの祭りにも、能や大名行列など、その時々で新しい内容が付け加えられている。


これからも、あるものは変化し、あるものは継承されるといった歴史をたどることだろう。そんな歴史の変遷を考えさせられるお祭りだった。


| 日本 | |
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5世紀に西ローマ帝国、続いて東ゴート王国の首都が置かれたイタリアの古都、ラヴェンナの古い教会。

ラヴェンナの街には5~6世紀にかけて作られた素晴らしいモザイク画が多く残されているが、その中でも特に印象深かったもののひとつ。

多くのモザイク画は華麗さや荘厳さを感じさせるが、ここの絵は不思議な輝きをもつ黄緑色の野原に、十二使徒を表す子羊や、ユリの花などの様々な植物が配置され、とても牧歌的な雰囲気を感じさせる。

この大きな半球状のドームに描かれたモザイク画を目の前にすると、のどかな草原に包まれるような感覚におちいる。球形の空間ならではの効果だろう。
モザイク画にはガラスや大理石が使われるため、絵には光沢のある素材が創り出す不思議な浮遊感も感じられる。

この教会を訪れたのは夕方だったが、窓から入る光を天井が優しく反射させて、ほのかに浮かび上がり、見るものを幸せにするような光景だった。


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アンドレ・シトロエン公園はパリ・セーヌ河のほとり、自動車メーカー・シトロエンの工場跡地に作られた公園で、1992年に開園している。

初めてパリを訪れた1992年当時、インターネット等という便利な情報源が無かったためこの公園の存在を知らず見過ごしてしまい、その10年後にやっと訪れることが出来た思い出深い場所。

この公園を作るにあたって1985年、国際コンペ(競技)が行われた。本来ならば一つの案のみが選ばれるところを、上位2つの案があまりに似通っていたため、 2つの案を組み合わせて設計されたという変わった経緯を持つ。90年代を代表するランドスケープの一つだと言えるだろう。

公園は幾何学的な構成になっており、広い芝生広場と、それぞれテーマを持った小さな庭の組み合わせで形づくられていて、噴水や滝などの水景、「パルテール」と呼ばれる繊細な温室などが配置されている。

小さな庭は橙・赤・青・緑・銀・金・白・黒といった色で分けられており、それぞれに工夫を凝らした植栽が行われている。

特に最初の6色の庭は「集列の庭」と呼ばれ、金・銀・銅・鉄・水銀・錫の6種の金属、もしくは視覚・嗅覚・味覚・触覚・聴覚に第六感を合わせた6つの知覚になぞらえられている。
中でも銀の庭は銀色がかった葉の植物が集められ、詩的な雰囲気を漂わせる(写真左上・右下)

フランスには17世紀に完成した「フランス式庭園」と呼ばれる眺望の良い幾何学的な庭の伝統があるが、この公園はその伝統を上手く現代に蘇らせた好例だと思う。

フランス式庭園には装飾的な刈り込みや、遠近感を強調する高木の刈り込みがつき物だが、右上と左上の写真に見られるように、この公園にも高さ・幅ともに4mを超える高木の刈り込みが並ぶ。それぞれが一軒家ほどもある大きな立方体の刈り込みは、水平線の広がる風土ならではのものだろう。


幾何学で構成された公園と聞くと非常に冷たい印象を感じるかもしれないが、実際この公園を訪れるとその気持ち良さに驚かされる。
実際、パリ市民からも愛される公園のようで、見学した日にも大勢の家族連れが訪れていた。
広々とした空間と緻密な空間の絶妙な組み合わせが、開放感と親密な快適さを感じさせるのだろう。

洗練されたデザイン・詩的な美しさと快適性が両立する非常に興味深い公園で、このような公園を市街地に持つ街は本当に幸せだと思う。



 
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