今までに訪ね歩いた場所についての備忘録。
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正しくは「おうとっか」という建物。でこぼこした土地に建てられた住居という意味らしい。

京都の様に古い庭園が数多く現存し、良い状態で保存されている街は世界的に見ても珍しいと思うが、その中でも個人的に非常に気に入っている庭園のひとつ。
約350年前に造られた庭で、名前の通り、敷地の高低差を活かした庭の構成になっている。

低木を刈り込んで形づくる庭は桃山時代の南蛮文化の影響とされているが、それを考えればこの庭が出来た当時にはかなり斬新なデザインであったと思われる。
以前案内した友人がこの庭を見て、バーバーパパを連想させる、と評したことがあったが、現在でもユニークさを感じさせる庭だ。

この庭で注目すべきものの一つにサウンドスケープ(音の景色)の積極的導入がある。

造園の世界には小さな流れや滝で水の音を楽しむ庭園文化が古くからあるが、この庭には「ししおどし」が設置され、時おり鈍い音を響かせる。音があることで逆に静けさを強調させる装置だ。
この庭を造営した石山丈山もその音を愛でたと言われている。

夏に訪れると、側の山から絶えず蝉時雨が聞こえる。街中で聴く、うだるようなクマゼミの声とは違い、アブラゼミ、ツクツクホウシ、ヒグラシへと時間を追って変化していくさまは、夏の気だるい風情を感じさせ、心地よい音の景色となっている。
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| 日本 | |
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フランスはパリ、フォーシーズンズホテル・ジョルジュサンクは美しい花の装飾で名高いホテルだ。

大理石や金箔がふんだんに使われたクラシカルなロビーや通路には、大きなガラスの花器が並べられ、高価な花がダイナミックに活けられている。

逆さまに水に差し込まれた黒いカラー、葉を除き、かしぐように活けられたアジサイなど、風変わりなディスプレイはインスタレーションアートのようでもある。

この花を演出するのが、ジェフ・リーサム。
モデル出身という彼の経歴は、花とファッションの近しい関係を表しているようで興味深い。

あるインタビュー記事によると、花に視線を集めるため、花器は透明なものしか使わないという。

実際にホテルを訪れてみると、ガラス花器に反射する光が、きらびやかな空間と一体化し、花を引き立たせるだけでなく室内全体を軽やかで華やかな非日常空間へと変貌させている。

水に浮かべられたり、沈められたりした花々はその光と一体になり短い生命に一瞬の輝きを放っているかのようだ。


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古くから人の住むインドネシア・ジャワ島にはジョグジャカルタとソロと言う二つの古都がある。ジョグジャカルタは日本の京都、ソロは奈良になぞらえられるが、チュト寺院は奈良にたとえられる古都ソロの街の郊外、標高3000mを越すラウ山の麓にあるヒンドゥー教の寺院だ。

日本では室町時代にあたる頃、ジャワ島に王朝を開いたヒンドゥーの人々はイスラム教徒に追われて山奥の僻地や隣の島・バリ島へ逃れた。
ソロの奥地へ逃れたヒンドゥーの教えは古くからの民間信仰と結びついたようで、このチュト寺院はアニミズム(原始宗教)の神秘的な雰囲気が漂う。

15世紀に造成された敷地はテラスが階段状に連なっていて、それぞれのテラスには魚や亀をかたどったレリーフが魔方陣のように配置されていたり、首だけの彫像が並べられたりしている。


階段と狭い門をくぐりながらテラスを進むと、板葺きの小さな祠がいくつもあり、その雰囲気はまるで日本の神社のようだ。
門は上へ登るほど小さく、狭く造られてあり、遠近法を利用して神聖な場所へ近付く雰囲気を演出している。


この寺院へ行くための道は細くて所々に大きな穴が開いている。乗用車のタクシーでは通ることができないためバイクタクシーを利用しなければならない。
ヘルメットを被らず、高原の涼しい風を直接顔に受けてバイクが走る。日本では考えられないような急斜面の畑を抜け、山道を歩く小学生や農家の女性達を追い抜いて行くと、遠く霧にかすんだ寺院が見えてくる。

この道のりの体験こそが、チュト寺院の魅力をより深く、大きいものにしている。
見渡す限りのお茶(ジャワティー)の畑、流れる雲、冷たい風、空気に吸い込まれる鳥の声、そういった諸々の要素こそが神殿への素晴らしいアプローチとなっているのだ。


(写真上左:考えられないような急斜面の畑  写真上右:バイクタクシーと友人二人  写真下左:魔方陣のような地面のレリーフ  写真下右:一面の茶畑)


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険しい山と海に囲まれ、古くから独特の文化を育んだ土佐の国。
高知市の北東に流れる物部川の中流、大川上美良布神社の秋の大祭には、素朴でありながら非常に興味深い神事が伝わる。

祭りでは、川上様とよばれる神様の一族が御旅所に遷られるために「おなばれ」と呼ばれる行列を仕立て、練り歩く。
行列には神輿、大太鼓、音がなる様に作られた碁盤を振り回し踊る「碁盤振り」、二人一組になって棒を叩き合い音を鳴らす「棒打ち」、舞姫、天狗、獅子舞、稚児など様々な人々が連なるが、その中でも特に不思議な雰囲気をもつのが「鳥毛・とりけ」である。

江戸時代、参勤交代を申し付けられた各藩は幕府によって定められた独自の「毛槍」(けやり・装飾のついた長い槍)をかかげ、江戸との間を往来した。毛槍には羽熊(ハグマ・白熊とも綴るヤクの毛)や、白鳥、小鳥毛、猿毛など様々な素材と形のものがあったと伝えられるが、土佐藩の毛槍は尾長鶏の羽で作られた鳥毛で、江戸でも有名なものだったと言う。

この祭りには5種の毛槍が用いられているが、その内の一つは尾長鶏で作られた鳥毛だ。

「おなばれ」に従う毛槍は絶対に地面につけてはならない事になっているため、鳥居や電線をくぐる時、6mもある棒を地面に触れぬ様に傾けて進まねばならない。一時休憩する時も草履の上に棒を立てて休む。


祭りのハイライトは「おなばれ」が御旅所から戻り、この毛槍を持って神社に参拝する「練り込み」の瞬間だ。
毛槍は傾けるとテコの原理で非常に重たいものになる。そこで毛槍を持つのはその年に選ばれた力のある若衆の役目となるのだが、ハイライトではその毛槍を参道に三度、地面ぎりぎりまで倒してお披露目をした後、拝殿の中に傾けた毛槍を突っ込み、三度大きく揺らす動作を行う。
揺らすことによってバネの力でさらに重たくなるのだが、その間に一度、片手でお参りの鈴を鳴らさねばならない。
鈴を鳴らした後はそのままの体勢で後ろ向きに石段を下り、参道の両端で見学する参拝客の頭をなでる様に三度触れた後、棒を引き起こす。

一連の動作には若衆の体力の限りを尽くして行われるため、見守る観客にも力が入り、神社全体が一体感に包まれる。スポーツを観戦する時に似た感覚だ。
かつて祭りというものには観客も参加者も一体となるカタルシスの効果があったのだろうと思われるが、そんな事を連想させる瞬間だ。
以前、祭りが持っていたその役目を、現在ではオリンピックやワールドカップが代行しているのだろう。


また、かつての空間概念として、「高い所にあるもの=尊い」といった感覚があったと思われるが、この祭りはその感覚が追体験できるものだった。
この祭りが行われる集落の建物は平屋が多く、毛槍が遥か上方で揺れているのだ。遠くからも「おなばれ」がどの辺りにいるのかがわかる。
京都・祇園祭で薙刀鉾の先に取り付けられる薙刀も、かつては仰ぎ見ることで神性を感じたものだっただろう。

大川上美良布神社の秋の大祭は、そんな在りし日のお祭りを体験できる貴重な行事だと感じられた。

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夕方、大阪市内で自転車を走らせていると、上の方で鳥の声がする。ふと見上げると、街路樹に沢山の小鳥のシルエットが浮かび上がった。

大阪の街路には様々な木が植えられているが、ここも数年前に整備されてクロガネモチが植えられた場所。

スズメは繁殖期が終わると集団で生活を始め、葉の茂った木立をねぐらとする習性があるが、街路樹を導入することで、街中でもこのような牧歌的光景が見られるのは楽しいことだ。


木立のシルエットはエッシャーや、安野光雅の 『もりのえほん』 を思わせる「かくし絵」の様だった。あなたは何羽の鳥を見つけることができるだろうか。
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